第一節





「私は圧力を受けている」

「え…?」
 私が下宿先のお嬢さんに言い放った第一声がそれだった。
「どういうことなの?」
「こういうことさぁ」
 おもむろに右手を自分の前に出し、
「実は、私のこの行為を田中に撮影されたんだよ。」
 親指とそれを除く四本の指で輪を造り上下に動かした。
「ふーん、別にいいんじゃない? …バイバイ」
「ちょっと!話はまだ終わって…。」

 バタン!

 引き戸を閉められた。当然だよな、夕飯を食べた後にでもまた来よう。
 きっと聞いてくれるさ。次はKかぁ、手伝ってくれるかな。


「Kいるかー?私だよ。」
「…。」
「K、入っていいかな?」
「…。」

 ガラッ

 この家は変わった造りになっていて、部屋と部屋が引き戸で繋がっている。
 つまり昔ながらの日本家屋といった風情だ。
「あ…。」
「K、変わった格好してんな。」
 Kは、ヘッドホンを付けゲームをしている最中だった。
「ヘッドホンがそんなに珍しいのかよ。」
 僕はKの色んな物がごちゃまぜになった部屋を見ながら、
「ああ、珍しいね。私はスピーカー派だから。」
「これの方がより集中できるんだよ…って、引き戸開けるなっていっただろ、まったく。
 誰がこの家造ったんだよ。うっとうしい。」
「下宿してる身分でそんな事言うなよ…。絞りカスみたいな古い家なんだから。」
「お前も何気に酷いこと言ってんな…」
 そこで、やっと私はテレビの画面に目が行った。
「所でK、何やってんの?」
「これ。」
 彼は一時停止を再開し、続きを始めた。
「何々…『コール・オブ・デューティ4 ModernWarfare』…?シリーズ最新作、戦いはついに現代戦へ ロシアの過激派…」
 …面白そうだ。どうして音を独占しているんだよ。
 そう思った私はヘッドホンの端子を抜いてあげた。

パララッ ズォゥン ワンッワンワンッ!

「次々とよく倒せるもんだ。あっははは、犬に殺されてる。」
 再びゲームを中断し、彼はこちらを向いた。
「難しいんだよ。だいたいお前がヘッドホン抜くから音が聴きづらかったんだよ。
 一緒にやるか?」
「いや、やめておくよ。それより私の話を聞いて欲しくて来たんだ。」
「話…?」
 そこで私は畳に座り、話し始めた。
「実は教室でオナってる所を田中に撮影されてさぁ。」
「ちょっと待て…教室で!?お前どんだけ刺激を求めてんだよ。それを撮影する田中もどうかしてるよ…。」
 Kは驚いたようだ。
「その時追いかけたんだけど、あいつ足速くてさ。昨日学校で話したら、37型液晶テレビを
 買ってくれとさ。田中からカメラとフィルムを取り返すのを手伝ってくれ。」
「なるほどな…田中に弱みを握られそれをネタに脅迫されていると…。
 分かった。面白そうだから手伝ってやるよ。まずはどこまで話が進んでいるのか聞かせてくれ。」
「お嬢さんを誘ってからね。」
「…? どうしてお嬢さんを誘うんだ?俺だけでは駄目なのか?」
「…彼女のしぐさが見たいんだよ。」
 Kはいやらしくクククッ、と笑い、
「合点承知」
 ゲームの電源を切った。


 夕飯を即座にたいらげた私とKは、お嬢さんに声をかけた。
 オナニーという言葉を出した時に彼女は右手を口元に当て、視線は私の股間をそそくさと眺めていた。
 聞いてくれていた。かわいいなぁ。横を見るとKが悶絶している。
 さっきみたいに逃げられることを予想して部屋の合鍵も用意していたんだけど、どうやら必要なさそうだ。
 大事に財布に入れておこう。
「……で、手伝って欲しいんだけど。」
「うん、貴方のその頼み、手伝ってあげるよ。その代わり私の頼みも聞いてね。」
「なんだい」
「秘密。」
「秘密?」
「うん。じゃあまた明日。」
「おやすみ。」
 あ、しまった。詳しい話をするから九時に部屋に来てって言うの忘れてた。
 ま、でもいいか。お嬢さんと話をするきっかけを作れたんだ。

続く



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こころ -2nd edition-

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