第二節





「明日の作戦だが……
 Kはお嬢さんと行動してもらう」
Kは胡坐をかきながら私の話を聞いている。
「やる事は単純だ。私が田中を部屋に帰らせないように足止めしているから、
 その間にお前たちは奴の部屋に侵入。
 証拠のフィルムを探して持ち帰ってくれ」
Kは気だるそうな顔をして、
「ああ、わかった。…で、俺達はどうやって奴の家に入ればいいんだ」

 ……うっ、考えてなかった…

 言葉に詰まった私をKが「早く言え」と言いたげな表情で見詰めてくる。
その篤い視線に耐えかね、「えーッとそれはだな……」と声に出しつつ、後ろにある窓を開けに行った。

 この部屋の窓は引違い窓で外側に網戸も付いている結構ポピュラーなタイプ。
外にはベランダなんてものは無く、先は庭に繋がっている。
辺りは深夜だけあって暗く、ただ部屋の無機質な明かりのみが煌々と周囲を照らしていた。
外から部屋の様子が見えないようにと樹が茂っているのだが、そのせいで部屋から眺められる景色も樹だけ。
ま、和むからいいんだけど。
「窓開けてもそんなに変わんねー。あんま風入って来ねーじゃん」
「そうだな」
 侵入方法を考えながら答えると、もと居た場所に座った。

   ………。

 長い沈黙。木々の小さく揺れ動く音が聞こえる。
その沈黙を破るように弱々しく私は口を開いた。
「部屋の窓から……」
「………」
「ガラス突き破って……」
「………」
「人が来る前に………」
「……それって空き巣だよな」
 Kの冷めた突っ込み。それが私の体に響いた。
それと同時にあることを閃いた。
「そうだ」
その閃きとは
「K、お前に任せようっ!」
Kは頭に?を浮かべて固まっている。
「この作戦は私側、それとKとお嬢さん側の2グループで進めている。
 そちら側の行動はKに任せる…
 成功するかどうかはKの気転に掛かっている。Kッ任せたぞ」
 そう、実際に作戦を実行するのはKなんだからK自身に考えてもらえばいい。
すると、Kの顔が次第に曇ってきた。
「お前…本気で言ってんのか?
 誰かに見つかったら俺が罰せられるんだぞ。刑法で。
 元はといえば教室で抜いてたお前が悪いのに、そのために危なっかしい真似できるか!」
Kの反抗に、私は面喰らっていた。
「まず、俺はな田中の家すら何処にあるか知らないんだ
 行ったことのない場所での行動なんて想定できるかっ」
Kはそういって外方を向いてしまった。
まさか、ここまで反発してくるとは…。
「ごめんなさい、私が悪かったです」
そう言ってKの背中に向け土下座した。
「私、調子乗ってました。
 一緒に考えます、精一杯考えさしてもらいますッ」
 ここでKに抜けられたらもうどうしようもない。テレビを買わされる羽目になる。
その祈りが通じたのか、
「あー、分かったよ。その代りもっといい作戦を考えてくれ」
そしてKはズボン裾を弄りながら「無茶な作戦だったら協力してやらんぞ」とぼやいた。
(良かった、危ない危ない…)
そう思ったその時、私は先ほどのKの言葉を思い出した。
「……そういえば」
Kはこちらに顔を向ける。眠そうだな…。
「奴の…田中一輝の住んでるとこ知らないって」
そう言うとKは頬を掻きながら、
「知らないな、行ったこと無いんだから」
「まじで?」
「マジで」
 ……何じゃそりゃ。あまりのことに面食らってしまった。
まさか、作戦が土台から傾いていたなんて思ってもいなかった。これじゃあ、私抜きでは田中の部屋までいけないじゃないか。
どうりでさっきから田中はアパートに住んでるのに、「田中の家」だなんていってたんだな。
お嬢さんが田中の棲家なんて知るわけないし…。
「あー、参ったなー…ッ、仕方ない、作戦変更だ。」
「もともと作戦と言える様なものは決まってなかったがな」
「そんな突っ込みいりませんっ」
 喉に力をこめ、Kを奮い起こすように強く言い放った。
それに、Kは答えず眠たそうに、訊いてくる。
「……で、どうするんだ?」
「そうだな、三人一緒に田中の所いくか。忍び込みもなしだ」
「結局それか。別に構わんが。じゃあ、それで決まりだな。それお嬢さんにも伝えてくれよ」
 と、決まりはしたものの、これって作戦でも何でもないよな。
大丈夫かな……心配しても仕方ないか。他に何も策が無いんだから。
「んぁ〜ッ、俺はもう寝るよ。実はお嬢さんの部屋から帰ってきた辺りから眠たかったんだ」
「あぁ、分かった…。それじゃあ明日よろしくな。…おやすみ」
 私がそう言いながら軽く右手を上げるとKも「おやすみ」と返し、襖を閉めて自室に帰っていった。

「寝よ」
 そう思った私は蛍光灯の明かりを消し、前もって敷いていた布団の中に潜り込む。
 二人で話し合っても良い作戦は見つからなかったな。三人で田中と交渉したって、そんなに変わるもんじゃないだろ。
面接とかなら仲間がいるだけで緊張も解れるんだけど田中相手だからな。緊張も何もない。
目をつぶっていると眠たくなってきた。思考が乱れ、訳が分からなくなってくる。
 どうでもいいや…明日考えよう…。

続く



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こころ -2nd edition-

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